「いい天気になりましたよ、銀さん」
睦月の空を見上げる。肌寒いが、陽射しが温かい日だ。新八は、踏み慣れない土地を旧知の愛おしさ滲むかのように丹念に見渡す。
「あんたがあんな約束願うなんてねぇ、ちょっと意外でした」
やってきた村の中で一際目立つ大樹に向かって歩んでいくと、人影が見えた。歩めば歩むほど冷たい風が頬を撫でさすってゆく。大樹の蔭に入り込んだところで声をかけた。
「神楽ちゃん、遅れてごめんね」
「老人は無理せずゆっくり来ればいいアル」
振り返った神楽は昔と変わらぬ笑みを見せた。目尻に皺がきれいに刻まれている。
「新八、あれ持ってきたアルか」
「持ってきたよ」
「じゃあ、……やるか」
「……うん」
スコップを手にとって、前に一度被せた土をもう一度掘り返す。浅く、ていねいに、ゆっくりと。少し窪んできた辺りでもういいかと手を止める。懐から一冊の古い本を取りだして、大切に置いた。
『俺が死んだら、桜の木の下に埋めちゃくれねーか。ああ、萩のな。見事に花咲かすやつでな、松陽も、あの桜が好きだった──』
この本は、そう言ったあの人の箪笥の奥から出てきた物だ。浅紫の布にくるまれていた、うっかり汁物でもこぼしたような跡のある遺品だった。とても見えにくい場所に自然に置いてあったので、今まで気が付かなかった。それが今になって出てきたのは、そういうことだろう。
新八と神楽はそっと土をかけ続ける。最後の最後、ふたりは示し合わせたように互いの手を合わせて土を掬いあげ、愛しい人の上へ掲げた。
最後の土がいま、坂田銀時へ降りかかった。