君の心臓の音が聴こえる

銀時、新八、神楽が眠っている間も世界は巡り巡ってゆく。銀時が寝返りを打った後、神楽がほんの少しむずがゆった。新八はすうすうと寝息をたてている。定春は、それを感じながら、永い眠りへと。
銀時はいつの間にか己が身体の力を十全に抜いて眠れる日が来たことを知った。赤子の時など覚えていないが、幼少期の、ほんとにずっと昔のことすら覚えていない。自分の人生がどこで分岐したかなんてわかりきっている。銀時は、その時も木刀を傍に置いて寝ていたが、それは単に置き場所がなかったからだった。彼は眠っている。長い時間が彼の中を流れていたが、時間にして、他の人間と比べたら、造作もない、まだ二十年と数年間だ。それにしても、十何年、いや、もう二十近いか、それくらい生きた人間が、傍に、二人、いた。
銀時は朝目覚めて、まず伸びをした。それから、辺りを見渡して、異常がないのを確認する。銀時はもう万事屋にいない。あの寝床にはいない。あそこには、もうすっかり、誰もいなくなっていて、埃が積もり積もっているだろうと、銀時は思っている。着物から丸のついた地図を取り出して、今日の行く先を眺める。こんな森の中ではなく、今晩は町に下りて宿に泊まれればいい、と考えて、懐の資金の残り数のことも考える。火はとうに燃え尽きていた。声が聞こえる。音が聞こえる。神楽はまだ寝ていて、新八も同じく眠っている、それを銀時は知らない。誰も互いに知らなかった。世界はただ巡って、三点がそれぞれに散らばり、寝起きをする、息をしている。定春は、まだずっと眠っているのだ。
直に新八が起きて、神楽が起きて、そうすると、銀時は、微かな音を拾う。いやそれとも、ずっと前から、とくん、とくん、と、音は鳴っている。そうして、しばらくして、ふとした時に、ちいさな声が、聞こえる。銀時は、そうしてその音や声がただの幻聴か、記憶のものだと思っていた。思っていたのだが。

仮説を立てる。
馬鹿みたいな仮説を立てる。
それで、二人の名を呼ぼうとして、やめた。

ただ銀時の身体の中で音が鳴っている。銀時はそれを背負って、それごと抱えたまま、目的地へと歩み続けた。
銀時の周りに誰もいない旅路で、もう何度も、音が鳴っている。幽霊のようなものだとは思わないし、怖いとも思わなかった。銀時がいつからか安心して眠れた理由は。それは。

君の心臓の音が聴こえる。

呼ばれ続けて、もう会えるとも思ってないが、いつかそうだな、また耳元で聞こえりゃいいな、その、俺を呼ぶ声が。

これが愛でなかったら何だというのだろう。