路地裏猫

忍は猫であるというのはかの歴代最強御庭番が息子、全蔵の思想である。猫とは狭い場所を好むものだ。だから、というには少しずれるが、人の往来が少ないという理由で、あやめも狭い路地裏を疾走していた。
仕事はもう済んだから何も急ぐことはない。ただ風のごとく走るのがもう癖になっていた。

「あら」

前から後ろへと刹那に過ぎる景色の中に、見知った頭が見えあやめは足を緩める。輝くような金髪。癖のひとつもないストレート。愛しいあの人とそっくりな柄で色違いなだけの着物。驚いてあやめは声をかけた。
「金さんじゃないの」
「ん、さっちゃんか」
金時もあやめの姿を見つけて名を呼ぶ。ぶらりとした佇まいは以前よりずっとモデルのそれに近付いているように感じた。
「こんなところにいるなんて珍しいわね」
「まぁ、ちょっとな」
少しだけ照れた声色で金時は言う。
「お前はよくいるのか、路地裏」
「仕事柄ね。いる、というか走り去る場所だけれど……」
と、そこで辺りを見回して、あやめはふと懐かしい記憶を甦らせた。

「缶蹴り?」
「そうなの、修行の一環としてよく遊んだわ」
「……缶蹴りが忍術修行になるのかよ」
「色々役に立つのよあの動きは。まぁ、本当は師匠が遊びたかっただけだったのかもしれないけれど」

軽く伸びをしながらけろりと言うあやめに、金時はやや呆れたまなざしを向ける。遊びを修行とする。そんな自由気ままな師匠に育てられてあやめはここまで強くなったのかと。いや、そんな自由奔放な師匠に育てられたからこそここまで奔放な変態になったと考えれば一理あった。

「ああそういやさっちゃん、二つ聞きたいことがあるんだけどよ」
「何?」
「今日誕生日なのか」

あやめは目を丸くした。確かに日付を思い起こせば事実なので肯定する。そうか、と金時は一つ溜息を吐いた。
あやめは何故教えた記憶のない金時が誕生日を知っているのだろうと考えた。記憶。そう、記憶だ。彼は、一つ一つ辿って今の記憶を持ち得てるのではない。一度に、ある人物の持つ記憶情報を得たのだ。それはつまり。

「んふふ、そう、そうなのねぇ~」
「……何クネクネ踊ってんだ」

金時はげんなりした顔をした。対するあやめは上機嫌で顔の緩みが止まらない。これは今日一番のサプライズね、とうっとり息を漏らした。すっかり自分の世界に入ってしまったあやめに金時はもう一つの聞きたいことを問う。

「ネコ、見なかったか」
「猫? どんな?」
「茶色くて、赤い首輪のついた……」

あやめはそれから、金時が路地裏にいた理由を知る。想像すると不思議で、微笑ましくて、照れる道理もよく分かるもの。
不思議ね、彼はあの人と同年代の顔をしているのに、生まれたのは驚くほどつい最近なのだから。
人差し指を唇につけ不適な笑みを見せる。

「そうね、見つけたら銀さんに助っ人代としてたっぷりス・テ・キな報酬を払ってもらう交渉に協力してくれるなら、その猫捜し手伝ってあげる」