君がいるなら

時折ぽーんと放り出されたくなる時がある。暗くて広くてわけのわからない宇宙。そこに身も世もなく投げ出されてみたい。神楽は当てのないことを夢想した。
私の兄貴はその宇宙っていうどんなに頭のいい人でもまだ解明できないことだらけな場所の中で漂っている。どうせ碌でもないことを企んでるに違いない。以前対面したあの片腕のない部下、あいつもきっと同行してそうな気がする。あの高さから落下したくらいで、死んでしまうような「弱い奴」を強さ馬鹿の兄貴が部下にするはずがない。神楽は熱い息を吐いた。半袖から伸びる白い腕が、銀河の王に照らされずに生きてきたことを如実に物語っている。
宇宙が何たるかを知らぬわけではなかった。一人取り残された家から父親に何も言わず勝手に飛び出して、宇宙船にしがみついた。実際話はちょっと盛ってある。とにもかくにも不法入国だ。不法入星といった方が正しいかもしれない。神楽は、その道中で初めて宇宙を見た。灰色の星から青い星を繋ぐ無限の回路。嘘のようだけど現実のものだ。だって私はあの回路を通って地球に辿り着き、銀ちゃんと新八、その他大勢のわらわらした連中に出会えた。もし宇宙がなかったらどうなっていただろう。きっといつまでもあの灰色の世界から抜け出せなくて、まったく今と違う人生を歩んで生きていた。そう思うと宇宙があって本当によかった。宇宙に感謝だ、と、神楽はやや唇を緩めて軽く手を握り締める。
無重力というやつに興味があった。なんでも、上も下もなくなって、ふわふわ浮くのだそうだ。楽しそうだ。神楽は、楽観視したその奥の、もっと深くの感情まであえて目を凝らしてみる。上下がないのは寂しくて、ふわふわするのは心許ない。この手にある力。通ってる血に刻まれた宿命。暴発したら何をどうするかわからない体を感情で抑え込んでいる。もし、もし、もう一回あんなことになったら。片腕の神威の部下に向かった時のようになったら。そこに新八がいなかったら。銀ちゃんもいなかったら。その時は、宇宙に放り込んでほしいのだ。時折無性にこわくなった。もう決意は固まっているのにだ。

「うぃーたでーまー」

ガラララ、と玄関の戸が開く音がする。酔っ払いがようやく帰ってきた。神楽は寝転んでいたソファから立ち上がり、出迎えに行こうとする。廊下に出ると同時に、ばたんと人の倒れる音がした。だらしなく眠りこける顔を覗き込む。神楽は急におかしくなった。無重力の中でふわふわ鼻ちょうちんを吹かせて眠る酔っ払い。銀ちゃんがこうやって家の廊下にキスをするのは、重力のあるおかげなのだ。神楽は重力があるほうがずっと良いように思えてきた。だって無重力の中じゃこの暖かい毛布は、大人しく体に被さってくれないから。