銀時が時折新八の口を吸うのは、情愛と持て余した性欲と所有欲とその他諸々から来るものであった。丸い後頭部をふいに掴んで、口付ける。口付けると新八は条件反射のように僅かに唇を開けた。そこにぬるり、と熱い舌が侵入して、二つが絡み合う。気持ちのいいものであり、確かに温かみのあるものだった。軽い挨拶とは違うがそれは日常にささやかに降り注ぐ雨のようなことで、濡れることは濡れるのだが、やがてすぐに乾く。そうして、何事も起こらなかったかのように日常が再び回っていくのである。このことを知っているのは、銀時と、新八と、神楽、あと目撃者の定春のみで、普段はおくびにも出さない。神楽も知っているのは、神楽も当事者だからで、神楽にも、口付けが、降り注ぐものだからだ。
「銀ちゃんさっき甘いもの食べたでしょ」
「ん、おお」
「本当に糖尿病になったって知らないんだから」
始まりは額へのキスからで、何度か繰り返すうちに、ずるずると、ずるずると下へ降りてゆき、目を合わせて殊の外静かに口吸いをした。完全なる合意の上で。以来、習慣化した。
新八も、神楽も、もう二十を越えて大人で、この行為の意味を知っているし、どんな状態だか、分かってもいるつもりだ。銀時も、無論、分かってはいて、解っているかは置いといて、この行為をやめない。口を開けば、いつもの温度の会話を交わすのに、咥内の、体温のぬるさを知っているというのは、おかしな話だった。
とても現実的に考えて。
とても現実的に考えて、やめたほうが良いのだが。
気持ちがいいのを知ってしまった。お互いへの、愛が、熱が、願望が、ごちゃごちゃに絡まり合って、ほどけない。そもそも、今の歳で共に暮らしている時点で。
「銀さん、ソレ、どうするつもりですか」
「……どーしよ、新八、そこ居てくれる」
「ええ、また目の前でする気ですか」
「そういうお前も、どうよ、ソコ」
「……熱い、です」
こんなことばかりを繰り返しているくせに、最後と呼べるところまでは行ったことがない。ちゃんちゃらおかしいがそこまで手を出す気は銀時にはなかった。それと、神楽には本当に口付けくらいまでしかしたことがない。神楽も新八も、要求は、しない。
そんな関係でいて三人は実に幸せなのであった。
唇と唇のあわいで、愛がしとど溢れている。