人は自分を聖人君子などと持て囃すが、実際は欲を持ったただの男なのだと、こういう時異様に自覚せざるを得ない。
「全蔵」
触れてほしい、と口には出せずとも目が語ってしまっている、僅かに揺れた呼びかけの声にも滲んでしまっている、そのどちらも目の前の男は正確に捉える、と、全部一瞬のうちに理解してしまってあとは、熱くなる頬を持て余しながら男の出方を待つ。
全蔵は長い前髪の向こうで目を細めたように見えた。
「何だ」
もどかしい。押し倒してきたのはそっちだろう。言いたいことを押し込めるとけらけらと笑いながら噤んだ唇を指で撫でられる。その刺激にも迂闊に身体は喜んで、頬が緩んだ。全蔵が仕方なさそうに眉尻を下げる。
「あんた、そんな分かりやすくて心配にならァ」
「案ずるな、ここまで無防備になるのはお前の前でだけだ」
「それは光栄だが間違ってるぜ、一番警戒しなきゃならねぇ奴なんだから」
今度は自分が何故だ、という顔で返す。先の自分の発言で、咄嗟に口で返しながら全蔵が動揺していることは見て解った。お前だって大丈夫なのかとからかいたくなったが、それよりも本心を隠すのに長けた男が自分の前で同じように気分をほぐしていることへの喜びが上回った。手を握りたくなって探すと、すぐにぎゅ、と優しく握り込まれる。嬉しくて強く握り返した。頭上から深い溜息が落ちてくる。
こうも良い反応を返されると困る、と全蔵は思った。どうせなら自分の暴走を止めて欲しいのに、相手はいつも受容するばかりか、もっと、もっとと求めてくる。調子に乗ってしまう。傷付けたくはないのに暴きたくて、護りたいのに汚してやりたくなる。他の誰でもなく自分の手でがいいと全蔵は願う。本音を全て曝け出せばとても見れたものじゃないほどどろどろとしていて、触れるのすら戸惑うものだ。相手から絶大な信頼を寄せられていて、溜息も吐く。本当は今すぐにでもめちゃくちゃにしてやりたいのに。感情を無防備に放出してしまい、忍の風上にも置けない。頭が聞いて呆れる。これじゃ盛りのついた猫だ。その猫を目の前の男は愛でる。嬉しそうに笑う。だから調子に乗ってしまうのだ。好きにしていいんじゃないかと感じる。