Freedom is Wonderful!!

「よっし、今日はみんなでインディアカ大会だァー!」
突き抜けるように明るい声が蒸し暑い室内に木霊する。自らの腕や下敷き、自前の扇子などで湿った空気を扇いでいた面々が一斉に声の主を見つめた。
「また突然な」
「お、いいですねーそれ」
「ハイハーイ、いんでぃあかって何ー?」
「いい質問だナナオくん!」
ナナオの一言で、我が部活きっての変人部長タゲ先輩の声が爛々とした響きを持った。これは長台詞の合図かと身構えるとご期待通り立て板に水、といった具合で声が滑る滑る。
「インディアカとはドイツで考案されたニュースポーツの一種でバドミントンのシャネルのような専用のボールを相対した二チームで交互にネット越しに打ち合うことによって行われ、ドイツを中心にヨーロッパ諸国及び日本で競技されている歴とした」
「そんなことより磯野ー野球しようぜ」
「先輩俺永瀬ですけど」
「って人の話を聞けェ!!」
「ハイハーイ、アタシバスケやりたーい」
わいわいがやがや、部室があっという間に賑やかに騒ぐ。第二校舎の隅っこ、冷暖房設備無し(ただし扇風機はあり)面積の狭いこの部室で日々行われる部活内容は、ほぼ部員たち希望のただの道楽である。そのせいで周りからは「通称遊び部」と呼ばれているが、きちんとした名称は「なんでも部」と決まっている。――まあ正直どっちでも構わないと思うのだが。
兎に角このなんでも部。ゆるい。規則も雰囲気もゆるい。部員はざっと二十人はいると聞いたが、好きなときに部員以外を呼んで来てもいいので、参加したことのある人数だけでいえばもっといるだろう。ただし兼部者が多いため、常よりいる人数は五、六人あたりが大体のところだ。そして俺は兼部者ではない為、こうしてほぼ毎日この部室に気がつけば・・・・・入り浸っている。たいてい先程見事なシカトを食らわされたハイテンション眼鏡部長タゲ先輩が割りとマイナーな娯楽・スポーツ等を提案し、部員たちがそれに対しやんややんや言いながらも結局は愉しんで活動は終わる。ちなみにタゲとは先輩の本名ではなく、誰かにてきとうに付けられたあだ名らしい。この部活は変なあだ名を付けられる人が多い。かくいう俺もその一人だ。
「ナガチンは何やりたいー?」
ナナオが制服の裾を翻しこちらを振り返る。
「いや、俺なんでもいいや」
「じゃあバスケでけってーい!」
すかさずタゲ先輩の怒号が飛んできた。
「おい君たち多数決というものを知っているか!?」
「じゃあ俺もバスケでいいや」
「タケくんまで! さっき『いいですねそれ』と言ったのに!」
「俺基本的にマイペースなんで。あとやっぱり動くのたるいから室内ゲームがいい」
「ダメダメェ! 青空の下で元気よく遊ぶというのが健全な青年たちというもので」
「室内だったらみんなで大富豪やろっかー」
「だからなんでみんな僕の話を聞いてくれないんだ!!」
だって部長いじるの楽しいから、と二人に声を重ねて言われ毎度のことながら落ち込むタゲ先輩を無言で見ていると、足元に何かが当たる感覚がした。椅子を少しずらして下を覗き込むと、白くて四角なのか丸なのか微妙な形の物体が転がっている。消しゴムだ、と認識したと同時に右方向から控えめな声が聞こえた。
「永瀬くん」
その声に反応して隣を見ると予想通りの人物がこちらを、正確には床上の物体を見つめて座っている。黙って自分が拾うのを待っているのだと気がつき、慌てて拾い上げて差し出した。
「ありがとう」
ゆっくりとでも早いでもない例えるなら流れるような動作で俺の手のひらから消しゴムを取ると、机上に乗せてそれから今のことが何もなかったかのように鉛筆を握り紙に何かを書き始めた。なんとなく書いているものが気になり身を乗り出して紙を見る。
「部誌の原稿?」
「うん」
短い会話だが、それが美術部の原稿用紙だということは確認できた。なんでも部と美術部を掛持ちしている一宮は、たまにだがこっちの部室にも顔を出す。いつも気付いたら椅子に座っていて、黙って絵を描いたり切り絵をしてからいつの間にか退室している。内気かと思いきや意外とそうでもなく、一応部活動であるスポーツ行事の参加率は高いし運動神経もいい。ただバレーのアタックを見事に顔面に食らわされたときの色々とした衝撃は今でも忘れられない。(本人はわざとではないと言っていたが)。
「今日は彫刻刀ないんだ?」
机上を見回してふとよく見掛ける道具がないことに些細な疑問を感じ聞いてみる。一宮は一瞬手を止めた後、徐に筆箱に手を伸ばして中から鋭利な先端が光る刀を取り出した。
「これ?」
「ああうんそれ……いつも筆箱に入れてんの?」
「違う」
俺が一瞬戸惑うと知ってか知らずかすぐに言葉が付け足された。
「これはデザインナイフ」
嗚呼なるほどというよく分からない納得がいく。一宮は彼女独特のペースでナイフを仕舞い込むと、また原稿に向かい無言になった。彫刻刀とデザインナイフの違いが分からぬまま俺はその作業をぼうっと眺め、不意に原稿用紙の下から再生紙のような紙が覗いていることに気がつく。好奇心のまま紙を引き抜くと、一宮は あ、ととても小さな声を出し、僅かに顔を上げる。
紙はどうやら要らなくなった授業プリントのようだった。その証拠に表面には小難しい文面が並び、裏面には可愛らしい熊の落書きがある。上手いものだなと感心して眺める俺に怒るような言葉が投げ掛けられることはなく、代わりに呆れるような視線を寄こされた。
「ただ暇潰しに描いたらくがきだから」
「でも上手いじゃんこれ」
「……本当はすぐ消すつもりだったの」
「じゃあなんで残したまんま?」
暫し言葉を探すように視線が止まり、諦めたように小さく溜息を吐いて一宮は言う。
「見返したら、なんだか消したくなくなって」
一宮の言葉を聞いて、俺もそんな経験があるという既視感が湧いた。何処から来たのだろうと考え答えが分かり、自然と笑みが零れる。
「俺もあるよ、そういうこと」
突然笑った俺に気がついたのか一宮が不思議そうな顔をする。
“ただどうしようもなく暇でつまらなかったから”、“てきとうに”描くことに決めた絵だったけれど。
「その内消そうと思っていたはずなのに、時間が経つにつれて愛着が湧いてきちゃったんだ」
俺の言った言葉なのか、それとも視線の先にあるもので気付いたのか、一宮も柔らかく笑う。
結局大富豪を始めて一回戦に大貧民になったらしい部長が、後輩二人にいじられながら新しくカードを切っている。ナナオがこっちを向いて、二人も混ざりなよと誘ってきた。
誰にも聞こえないくらいの声量で本音が漏れる。

「楽しい部活だよ、ほんと」