真珠のように白い丸を天使が所有しているとするならば、悪魔の持つ丸は歪な黒であろうか。いや、違う。黒は黒でも純真な黒。穢れのない綺麗な黒だ。純白という言葉は、悪魔の持つ漆黒の珠にこそ相応しい。そう言えば、唯一言葉を交わすことの出来る人間は笑った。「純白とはそのまま白という意味しか持ち得ない」と。そんなことは俺も分かっている。
何故こんなことを思ったのだろうか。きっかけは頭上にある孤独な惑星だ。雲にも太陽にも見向きもされずにただ浮かんでしまっている真昼の白い月は、青く澄んだ空に場違いだからこそ美しい。孤独なもの同士、仲良くしようと呼びかけたくなるような親近感。今日にはまだ欠けない円を縁取ったそれは、明日からまた少しずつ形を変える。本来の姿を一切変えずに見た形だけを鮮やかに変化させていく月は本当に美しい。そう言えばやたらとからかいにくる天使が嗤った。「本当に陰湿だ」と。別にお前ほどではない。
見つめていた月がぽろり、と堕ちた。世界が反転する。
さて、夜の覆う草原へと変貌した景色で悪魔はただ宙吊りになって嘲られるままだ。
闇に嗤われ、闇に溶ける。生憎人間たちに醜いと嫌われるこの姿を隠すには一番いい色合いだ。
「どうしたそこの××野郎。転がっていないで俺たちを崇めろよ」
人間みたいに。綺麗な白い歯を見せた醜悪な笑顔。
世界を創造したのは神であった。世界を護っていたのも神であった。世界を操っていたのも神であった。世界に飽きてしまったのも神であった。
神の遊び尽くした玩具を譲り受けたのは傍で大事に育てていた天使であった。ここで人間たちが誤解していることは、それが天使でなければいけなかったという点だ。事実は違う。だって俺は見ていたから。羨ましそうにその様子を見るもう一人の神の可愛い子、悪魔を。
こんな世界にしたのは? どなたでしょうか?
天使は無秩序に世界を回す。捏ねる。引っ掻き回す。だって関係ないから。だってどうでもいいから。『どうなったってしったこっちゃないよ。愚かな人間たちの世界なんて』
全て悪魔のせいだと思わせるように仕向けたのは紛れもない純白の羽を持つ天使。
彼らは今日も明日も人間たちに愛を囁き微笑みを向け救いの手を差し伸べ、明後日も明々後日も人間たちを騙し罵倒の言葉を吐き捨て残虐な殺しを繰り返す。
『神様から貰ったベールは天使の身を護るのです。』 そう、それはその通り。真紅の血を弾き飛ばし、縁に溜まった赤黒い体液を悪魔の黒い羽へ悪戯に垂らす。
そうすれば、血に染まる残虐非道な醜い黒の悪魔の出来上がり。
抗う術をとうに悪魔は失くしたのだと、天使は自らを買い被っている。
「ハハ、変なの。そんな醜い姿にされてもまだ笑ってるなんて」
「帰ってきていたのかお前」
「僕ももう飽きてきちゃって、遊ぼうよ悪魔くん」
共食いなんて芸の無いことを目の前でやってみせた異質な天使は、異分子と仲間からも避けられた悪魔をやけに気に入っていた。正直うっとうしいのだと、何度言っても聞く耳を持たない。こいつの持っている丸はきっと他の天使の持つ歪な白ではなく、子供の遊ぶ玩具のように均整のとれた純白の丸に違いない。
天使は思わぬ幸運で崇められていることに調子付いてしまっているだけ。悪魔は予測不可能な不運で蔑まれていることに卑屈になってしまっているだけ。何故気付かない。
「なんだか楽しそうだね」
「お前ほどじゃないさ」
夜が終わったらあの少年に会いに行こう。物好きな彼ならきっと臆病な顔をしながらも自分に付き合ってくれる。
暇になったらアイツの持っている修正液でも使って聖書の記述を片っ端から塗り潰してやろうか。そうして俺が書き足した文字に黒くアンダーラインを引こう。
『天使と悪魔とは、元は色違いなだけの同じ種族であった。』